受け継がれる青の魂 サッカー日本代表 歴代ユニフォーム一覧

2018年(勝色モデル)日本代表 ユニフォーム ホーム (2018 w杯)
発表:2017/11/6 アディダス・ジャパン公式サイト
初着用;2017/11/10 ブラジル戦(ホーム)

ハリルホジッチ監督が好む「侍」をベースにコンセプトを構築。かつて武将たちが戦いに挑む際身にまとった、鎧下と呼ばれる着物に使われる藍染の生地において、最も濃い色とされていた「褐色(かちいろ)」を「勝色」とかけ、さらに歴史を紡ぐ糸をイメージした「刺し子柄」として破点線の柄とした。

投入初戦でブラジルに完敗したが、策士ハリルホジッチは本大会組合せ決定後の準備には期待が持たれ、本大会メンバーに誰を選ぶのかも含め、楽しみである。

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大迫勇也
2017/11/10 フレンドリーマッチ vs.ブラジル 1-3(リール)

2017年(青炎モデル)
発表:2017/4/27 アディダス・ジャパン公式サイト
限定着用:2017/6/7 シリア戦(ホーム)

FIFAワールドカップ本戦初出場を決めた1997年から20周年目にあたる記念すべき年として当時着用の「炎モデル」を現代的にリデザインしたメモリアルモデル。袖にあしらったアイコニックな炎のデザインと襟元のジャパンレッドのデザインは、サッカー日本代表の情熱と世界の舞台で躍動する姿を表している。W杯予選イラク戦直前のシリア戦で限定着用された。

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原口元気
2017/6/7 フレンドリーマッチ vs.シリア 1-1(味の素)

2016-2017年(調和モデル) 日本代表 ユニフォーム(2016 抱き枕)

    発表:2015/11/12 アディダス・ジャパン公式サイト
初着用;2015/11/12 シンガポール戦(ホーム) 2015/11/17 カンボジア戦(アウェイ)

史上、最も濃い”青”を用いたボディーの前面に、11人の選手の個性を表す、11本の異なる青で構成されたボーダーを配している。また、中央の赤のラインは12本目のライン、すなわち12人目のプレーヤーであるサポーターを表している。

ハリルホジッチ監督に率いられたチームは、本田、香川、岡崎、長友らに代わって原口、久保、浅野、井手口らの台頭で緩やかに世代交代が進み、アジア最終予選も初戦でUAEに敗れるなど苦戦をしたが、オーストラリアをW杯予選では初めて降し、本大会出場を決めた。

アウェイモデルは伝統の白を用いたボディーの前面に、ダイヤモンドの輝きから発想を得た、個性的な青の総柄グラフィックを配したデザイン。

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金崎夢生
2016/3/24 ロシアW杯2次予選E組第9節 vs.アフガニスタン 5-0(埼玉)

岡崎慎二
2015/11/17 ロシアW杯2次予選E組第8節 vs.カンボジア 2-0(プノンペン)

2014-2015年(円陣モデル)
発表:2013/11/11 @ヒルトン成田ホテル 2014/2/24(アウェイ)
初着用:2013/11/16 オランダ戦(ホーム) 2014/6/5 コスタリカ戦(アウェイ)

前モデルより鮮やかな青みが強調され、コンセプトは「円陣」。背面に毛筆で描かれた一本線は、選手がピッチ上で「円陣」を組んだ際にひとつの大きな輪となるようにデザインされている。

ザッケローニ監督の下、ブラジルW杯で躍進が期待されたが、グループリーグ最下位という結果に終わった。W杯後就任したアギーレ監督は連覇を狙ったアジアカップでベスト8に終わり、過去の八百長疑惑の為、解任。3月からはハリルホジッチ監督が就任し、ロシアW杯を目指す。

アウェイモデルには史上初の蛍光イエローを採用したが、フル代表での着用はW杯前のコスタリカ戦1試合となった。

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長谷部誠
2013/11/15 フレンドリーマッチ vs.オランダ 2-2(ベルギー・ゲンク)
香川真司
2014/6/3 フレンドリーマッチ コスタリカ 1-3 日本(アメリカ・タンパ)

2012-2013年(結束の一本線モデル)
発表:2011/12/26 @埼玉スーパーアリーナ
初着用:2012/2/24 アイスランド戦(ホーム) 2012/10/12 フランス戦(アウェイ)

選手とサポーター、日本人すべての「結束」を表現する「結束の一本線」と「ジャパンDブルー」と名づけられた濃青を採用した、今までのイメージを根底から覆すデザインのモデル。

リリース当初はネットに批判の声が吹き荒れたが、本田・香川の二枚看板を擁し「史上最強」の呼び声高いフル代表、ロンドン五輪男女代表の活躍により、ポジティブな露出が増えた為、特にライト層の代表サポーターに浸透した感がある。世界的な「全身同色」の傾向を受け、青×白×青のコーディネートは一度も着用されていない。

アウェイモデルは批判を避ける為 か「一本線」を外し、飛翔するヤタガラスをシャドーで配した。男子、女子、フットサル代表での同テンプレート・ポイント色違いは、3モデル連続となる。ロンドン五輪ではIOC規定により、adidasスリーストライプが外され、協会エンブレムの代わりに日の丸が配されたデザインを採用。さらに真紅のアウェイモデルが五輪限定で着用された。

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香川真二
2012/6/8 ブラジルW杯最終予選B組第2節 vs.ヨルダン 6-0(埼玉)
大津祐樹
2012/5/25 トゥーロン国際トーナメントA組第2戦 vs.U-23オランダ 3-2(トゥーロン)
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清武弘嗣
2012/7/26 ロンドン五輪D組第1戦 vs.U-23スペイン 1-0(グラスゴー)
大儀見優季
2012/8/9 ロンドン五輪 女子準決勝 vs.アメリカ 1-2(ロンドン/ウェンブリー)

2010-2011年(革命の羽モデル)
発表:2009/11/9 @聖徳記念絵画館
初着用:2009/11/14 南アフリカ戦(ホーム) 2010/2/11 香港戦(アウェイ)

「世界を驚かす」「革命を起こせ!」という目標を掲げ、岡田監督の下で南アフリカW杯ベスト16、ザッケローニ監督の下でアジアカップ優勝を含む16連勝、またなでしこジャパンはドイツ女子W杯初優勝を成し遂げた史上最強のモデル。濃い目のジャパンブルーをベースカラーに、八咫烏(やたがらす)の羽を散りばめ、胸元と奥襟部に大胆な赤(なでしこはピンク)をあしらった。左胸の日の丸は歴代ユニフォームの生地を砕き、新たに紡いだ糸で織り上げられている。

史上初めて「フォーモーション」「テックフィット」という異なる機能を持つ2タイプから選手自身が選べるようにした。「テックフィット」の背部に施されたTPUパワーバンドが象徴的だ。また、このモデルから試合前の集合写真時に前列選手が膝を立てるポーズが定着した。

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長友佑都
2011/1/13 アジアカップ(カタール)B組第2戦 vs.シリア 2-1(ドーハ)
本田圭佑
2010/6/19 南アフリカW杯E組第2戦 vs.オランダ 0-1(ダーバン)
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川澄奈穂美
2011/8/19 ロンドン五輪最終予選壮行試合 vs.なでしこリーグ選抜(国立)
澤穂希
2011/7/1 ドイツ女子W杯B組第2戦 vs.メキシコ 4-0(レバークーゼン)

2008-2009年(ご来光モデル)
発表:2008/1/24 @都内
初着用:2008/1/26 チリ戦(ホーム) 2008/6/7 オマーン戦(アウェイ)

オシム監督の突然の病気リタイアにより急遽再登板となった岡田監督。そのスタートと同じタイミングでリリースされたモデルのコンセプトは「日本魂」。従来より明るめのブルーに放射状に伸びるゴールドのラインは日本の飛躍を表している。なでしこジャパンはピンクのラインが入り、女子オリジナルのデザインとなった。

岡田監督の下、1年半の苦闘を乗り越えて、4大会連続のワールドカップ出場を果たした。北京五輪ではadidasの3本ラインや日本協会のエンブレムのないモデルも着用された。

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中澤佑二
2008/6/2 南アフリカW杯3次予選2組 vs.オマーン 3-0(横浜)
中村俊輔
2008/11/19 南アフリカW杯最終予選第3節 vs.カタール 3-0(ドーハ)

2006-2007年(刃文モデル)
初着用:2005/11/16 アンゴラ戦(ホーム) 2006/2/10 アメリカ戦(アウェイ)

ドイツW杯着用モデル。大会前にキャッチフレーズに決まった「SAMURAI BLUE」にちなみ、脇腹に日本と伝統と技術の象徴「日本刀」をイメージした刃文がデザインされた。ジャパンブルーの美しい海に囲まれた国土から、淡いブルーの空(世界)への高く羽ばたくイメージとのこと。襟、袖口には日の丸の赤を施している。

ジーコ監督の下、中田英、中村俊、高原、稲本、小野ら黄金世代を擁し、史上最強の呼び声が高かったチームは初戦オーストラリアに逆転負けを喫すると修正もできずに未勝利で大会を去り、「サムライブルー」の名称と共にほろ苦いモデルとなった。

心機一転したオシム政権下では、新たなチーム作りがされ、アジアカップ3連覇は逃したものの、次代に向け楽しみなパフォーマンスとなった。

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中田英寿
2006/6/18 ドイツW杯F組第2戦 vs.クロアチア 0-0(ニュルンベルク)
小野伸二
2006/2/10 テストマッチ vs.アメリカ 2-3(サンフランシスコ)

2004-2005年(グラデーションモデル)
初着用:2004/2/7 マレーシア戦(ホーム) 2004/4/28 チェコ戦(アウェイ)

ジーコ監督に率いられドイツW杯を目指したモデル。従来より明るい青をベースにこれまでより深い青のシャドーを3本ラインで配置してある。この濃淡の青は「経験」と「挑戦」を象徴している。アウェイモデルは少しクリームがかった白を採用。04年アジアカップでは完全敵地の中国で奇跡の連覇を、W杯予選では世界最速で本大会出場を果たした。

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大黒将志
2005/6/22 コンフェデレーションズカップ(ドイツ)B組第3戦 vs.ブラジル 2-2(ケルン)
久保竜彦
2004/6/1 テストマッチ vs.イングランド 1-1(マンチェスター)

2002-2003年(富士山モデル)
発表:2002/2/4
初着用:2002/3/21 ウクライナ戦(ホーム) 2002/5/14 ノルウェー戦(アウェイ)

自国開催の日韓W杯で着用されたモデル。シンプルなデザインで日本の美を表現しており、日本の海を示す青に、首から袖口にかけての赤いパイピングは湖面に映る逆さ富士をイメージしている。高温多湿対策として裏地にメッシュを使った二重構造になり、3本ライン、日の丸、協会エンブレム等全てプリントとなり、徹底的な軽量化が図られた。

グループリーグを突破しベスト16まで進撃したチームと共に、日本中がこのユニフォームを着て熱狂した。アウェイモデルは白とグレーのツートンを採用している。

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稲本潤二
2002/6/9 日韓W杯H組第2戦 vs.ロシア 1-0(横浜)
鈴木隆行
2002/6/4 日韓W杯H組第1戦 vs.ベルギー 2-2(埼玉)

2001年(コントラストモデル)
初着用:2001/3/24 フランス戦(アウェイ) 2001/5/31 カナダ戦(ホーム)

翌年に控えた日韓W杯に向け強化マッチをこなしたモデル。テーマは「Future Progress」肩から袖にかけての白の割合を多くして選手がプレー中に大胆に見えるように工夫が施された。デビュー戦ではフランスに0-5と惨敗したが、コンフェデレーションズカップでは、ブラジルと引き分けるなどグループステージを首位で通過し、準優勝を果たした。

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柳沢敦
2001/11/7 テストマッチ vs.イタリア 1-1(埼玉)
松田直樹
2001/3/24 テストマッチ vs.フランス 0-5(サンドニ)

1999-2000年(風モデル)
初着用:1999/6/3 ベルギー戦(ホーム) アウェイモデルはAマッチでは着用なし
(5月のワールドユースで先行着用)

1999年4月にアディダス・ジャパン社との独占複数年契約が結ばれ、機能性とデザイン性の融合が進んだ。トルシエ監督の下、ユース年代も一貫した強化が図られ、99年ワールドユース準優勝、2000年にはシドニー五輪ベスト16、アジアカップを圧倒的な力で優勝と結果を残した。

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名波浩
2000/4/26 テストマッチ vs.韓国 0-1(蚕室)
高原直泰
2000/9/17 シドニー五輪D組第2戦 vs.U-23スロバキア 2-1(キャンベラ)

1998-1999年(炎モデルⅡ) 日本代表 ユニフォーム (ホーム 1998 半袖 レプリカ)
記念すべきワールドカップ初出場モデル。袖の炎が少し小さくなったマイナーチェンジモデル。襟元のデザインも若干変更されている。adidas、PUMA、asics の3社がサプライヤーを担当し、本大会モデルはasics が栄誉を拝した。世界への初挑戦は3連敗に終わったが、骨折をおして初得点を決めたゴンや大会後に海を渡ったヒデの勇姿が目に浮かぶ。

W杯後トルシエ政権下でも着用されたが、アウェイモデルはフル代表での着用歴はなく、日韓大会に向けて牙を研ぐアンダー世代で着用された。

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中山雅史
1998/6/14 フランスW杯H組第1戦 vs.アルゼンチン 0-1(トゥールーズ)
宮本恒靖
1998/12/9 アジア大会(バンコク)2次リーグ第2戦 vs.クウェート 2-1(バンコク)

1996-1997年(炎モデルⅠ)日本代表 ユニフォーム1996 (ホーム 半袖 レプリカ)
袖に不動明王をイメージした炎のモチーフが描かれたモデル。やはりadidas 、PUMA 、asicsの3社がローテーションで各年代代表のサプライヤーとなった。

まず脚光を浴びたのが西野監督率いる五輪代表。アトランタ五輪でブラジルを破る「マイアミの奇跡」を演じた。加茂・岡田監督に率いられ、フランスW杯予選に臨んだフル代表も韓国、イランらと死闘を繰り広げ、「ジョホールバルの歓喜」で本大会初出場を決めた。日本サッカーが世界に飛び出すきっかけとなったメモリアルなモデルである。

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岡野雅行
1997/11/16 フランスW杯最終予選プレーオフ vs.イラン 3-2(ジョホールバル)
前園真聖
1996/7/25 アトランタ五輪D組第3戦 vs.U-23ハンガリー 3-2(オーランド)

1992-1996年(ドーハモデル)

世界まであと一歩及ばなかったアメリカW杯予選「ドーハの悲劇」があまりにも有名なモデル。カズ、ラモス、柱谷らのアメリカでの勇姿は残り数十秒で夢と散った。adidas 、PUMA 、asicsの3社がローテーションで各年代代表のサプライヤーとなった。日本協会のシンボルでもあるヤタガラスの羽をモチーフにした模様は、時代を超えてファンが多い。

その悲劇の陰で目立たないが、93年自国開催のU-17世界選手権、95年エクアドルU-17世界選手権、95-96年アトランタ五輪最終予選などでは中田英、小野、稲本、高原、前園、川口など後に日本代表を背負う選手たちが着用している。

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柱谷哲二
1992/11/ アジアカップ(広島)
三浦知良
1993/10/18 アメリカW杯最終予選第2戦 vs.イラン 1-2(ドーハ)

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